体が柔らかいことは、一般的にとても良いこととされています。しかし、柔軟性が「過度」に高くなりすぎると、かえって筋肉や骨、関節などの機能面に支障をきたすことがあります。「柔らかければ柔らかいほど良い」というわけではないのです。
関節が動く範囲のことを、俗にROM(ロム)といいます。これは range of motion の略で、日本語では『関節可動域(かんせつかどういき)』という意味です。ROMは、関節がどのくらい動くかを角度で示したもので、基準値を下回る場合を『ハイポモビリティ(動きが少ない状態)』、基準値を大きく上回る場合を『ハイパーモビリティ(動きが過剰な状態)』といいます。
例えば肘関節でいうと、肘の伸展(肘を伸ばす動作)は5°までが正常値とされます。女性に多くみられますが、5°を超えて10°以上に肘が伸びきってしまう方(俗に『反張肘(はんちょうひじ)』といいます)は、肘関節がハイパーモビリティの状態になっています。このように関節が過剰に動いてしまうと、関節の安定性が損なわれ、やがて局所的な痛みにつながることもあります。
こうした過剰な可動性は、生まれつきの体質(とくに女性に多い傾向)や、新体操・バレエなど大きな可動域が求められるスポーツの影響などで生じます。今回は一例として、腰椎レベルでハイパーモビリティになってしまった場合について説明していきます。
腰椎の動きがハイパーモビリティの状態になると、脊柱のバランスが崩れ、腰椎の安定性が低下してしまいます。腰椎が過剰に動きすぎることで、腰痛をはじめとする様々な傷病を発症する引き金になることもあるのです。このことを説明する前に、まず脊柱の構造について少しお話しします。
脊柱は、椎骨と呼ばれる骨がいくつも連なってできています。椎骨と椎骨の間には『椎間板(ついかんばん)』という軟骨組織があり、これが脊柱の屈曲(前屈)、伸展(上体反らし)、側屈(体を真横に倒す)といった動きを可能にしています。
また、椎間板は、走る・ジャンプするといった動作の着地衝撃を吸収し、脊柱にかかる負担を軽減するクッションとしての重要な役割も果たしています。一方で、脊柱は椎骨が積み重なってできているだけなので、そのままでは椎骨同士が前後左右にずれてしまう可能性があります。
このズレを防いでいるのが『靭帯(じんたい)』と呼ばれる繊維性の組織です。靭帯には、骨と骨のズレを抑える働きがあります。そのため、もし靭帯に何らかのトラブルが起きると機能不全が生じ、骨を正常な位置に保てなくなってしまいます。
脊柱には多くの靭帯がありますが、なかでも重要なのが『後縦靭帯(こうじゅうじんたい)』と呼ばれる靭帯です。
後縦靭帯は椎体の後面にあり、脊柱の屈曲を制限したり、椎骨が前方へずれるのを抑えたりする、脊柱の代表的な靭帯です。もしこの後縦靭帯に問題が生じると、椎骨の位置を保てなくなり、前方へずれるようになります。これをきっかけに、『椎間板ヘルニア』『脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)』『腰椎すべり症』といった、腰にまつわる様々な障害を引き起こしやすくなってしまうのです。
後縦靭帯は本来とても頑丈な靭帯ですが、外部からの衝撃で痛めてしまったり、長年にわたって『はずみや反動を使った前屈動作』を繰り返し続けたりすることで、機能不全を起こすことがあります。後縦靭帯が機能不全を起こすと、靭帯本来の役割を果たせなくなり、前述のような症状を発症する可能性があるのです。
ここに、ストレッチを行ううえで大切な教訓があります。柔軟性を高めようとして、反動(はずみ)をつけて勢いよく伸ばす「バリスティックストレッチ」を繰り返すと、靭帯や筋肉を傷めるリスクが高まります。柔軟性を高めたいときは、反動を使わず、ゆっくり伸ばして20〜30秒キープする「静的ストレッチ」を基本にしましょう。とくに、もともと体が柔らかい方やハイパーモビリティ傾向のある方は、可動域をさらに広げることより、関節を支える筋力や、自分の体の位置・動きを感じ取る感覚(固有受容感覚)を高めて、関節を安定させるトレーニングを重視することが大切だと考えられています。
このように、過剰な柔軟性が関節に大きな悪影響を及ぼすことがあるのは、何も腰椎に限った話ではありません。肘や膝、肩など、人体のすべての関節に同じことが当てはまります。柔軟性は「適度」が一番。硬すぎず、柔らかすぎず、安定して動かせる関節を目指すことが、ケガの予防につながります。体の柔らかさで痛みや不安定感を感じる場合は、整形外科や専門家に相談してみましょう。
柔軟性は高ければ良いわけではなく、過剰になると(ハイパーモビリティ)関節の安定性が損なわれ、反張肘や腰痛などの原因になります。脊柱では、椎骨のズレを防ぐ後縦靭帯が、反動をつけた前屈の繰り返しなどで機能不全を起こすと、椎間板ヘルニアやすべり症を招くことも。柔軟性を高めるときは反動を使わず静的ストレッチで、体が柔らかい人はむしろ関節を支える筋力・安定性を重視しましょう。不安があれば専門家に相談を。
※本記事は一般的な健康・運動情報です。関節の痛みや不安定感、腰のしびれなどがある方は、自己判断せず整形外科など医療機関にご相談ください。