今からするお話しは昔、実際にアメリカで起こった出来事です。
当時、Aさん(64歳のお婆さん)はこれまでの怠惰な生活の影響がたたり、164cmという身長にかかわらず体重が154kgにもなってしまっていました。
ここまで体重が重いと自力で動くことすら困難で、寝るときでさえも普通の形では眠れず、寝返りすらまともに出来ないという状態でした。
あまりにもひどすぎる状況だったので係りつけの医師はAさんに対し、ダイエットを勧めると共に病院で療養するようにいいました。
病院では医師・管理栄養士らの指示のもと、先ずは食事療法を中心に増えすぎた体重を徐々に減らすことを目標にしました。
これまでAさんは自分の気の向くままに食事に摂っていたので病院での生活はとても辛いものでした。
しかし、努力のかいあってAさんは約半年足らずで体重を114kgまで落とすことができたのです。
体重が落ちたことで、やがてAさんは徐々に、自力で動けるようになり、寝返りも自分でできるようになっていきました。
ちょうどその頃、病院から100mばかり離れた通りでイースターパレードがあるということだったのでAさんは担当医に『ぜひ、自分の目で見に行ってみたい』と申し出ることにしました。
この半年あまりでAさんの体重は40kgも減って、心電図・血液検査・血圧も以前よりはるかによくなっていたので、担当医は『看護師と同伴だったら見に行っても良い』という条件付きで許可を出しました。
喜んだAさんは看護師に手を引かれながらゆっくりと自分の足で病院から100m離れた通りまで歩いて行きました。
Aさんはイースターパレードを自分の目で見ることが出来て、非常に喜びました。
心ゆくまでパレードを堪能し、その日の夕方、付き添いの看護師とともにAさんは病院へと帰りました。
しかし、事態は一転。
その日の晩にAさんは『心室細動』(心臓の痙攣)を起こして二度と帰らぬ人になってしまったのです。
それでは、なぜ、このようなことが起こってしまったのでしょうか?
それは、我々にとって何でもない往復200mの距離がAさんにとっては運動量・強度ともに高すぎたからです。
思い出してみてください。
『Aさんは体重が重すぎて自力で動くことすら困難だった』ということを。
後日、事故の報告書によるとAさんは自分の足で歩いたのが実に20年ぶりだったそうです。
入院して以来、医師・管理栄養士らのもとで、食事療法を続け、検査結果も良好だったにも関わらず、Aさんはたった200m歩いたことがきっかけで亡くなってしまったのです。
医学的検査・メディカルチェックを行いさえすれば運動によって起こる障害を予見できると思ったら大間違いです。
メディカルチェックというのは、運動するにあたっての『必要条件』にしかすぎません。
メディカルチェックの結果、異常なしといわれたら、先ずはその方の今現在の体力レベルを知ることから始めなければなりません。
その後は『漸進性の原則』にしたがい、その方の体力に合わせながら少しづつ、運動量を増やして行かなければなりません。
この悲しい出来事から学べる教訓は、『人によって体力には個人差があり、他の方にとってみたらどうということのない負荷であっても、別の方にとってみれば過剰な負荷になり得る』ということです。
もし、Aさんが漸進性の原則にのっとり、最初は数十mの歩行訓練を何日にも渡り繰り返し行い、それが問題なくできるようになったらまた数十m増やすということを徐々に行っていればかなりの確率でこの悲劇は防げたとお思います。
昔、運動を本格的にやりこんでいた方ほど要注意!-昔は昔、今は今-
中高年に限らず、トレーニングを長期間やらないとほぼ例外なく体力は低下の一途をたどります。
昔どれだけやっていようといまいと関係ありません。
止めてしまえば体力は確実に消失していきます。
このように、徐々に体力が消失していくことを『可逆』といいますが、ほとんどの体力要素は『可逆』です。
学生の頃、どれだけバリバリ運動をしていたとしても、何年、何十年にも渡り運動をしてこなければ確実に体力は低下します。
このような方が何かをきっかけに一念発起して運動を始めるほど怖いものはありません。
急激な運動というのは単に運動強度の強弱ではなく、生活の急激な変化も含まれます。
『昔とった杵柄』という言葉がありますが、昔、運動を本格的に行っていたという人ほどとかく無理をする傾向にあります。
自分では最大限にレベルを下げているつもりかもしれませんが、それでも過剰なストレスになってしまっていることもあります。
『若い頃はこれだけできた』からといって、無理をすると先のAさんのような事故を引き起こすことにもなりかねません。
『昔は昔、今は今』しっかりと現状を見つめて行動しないと取り返しのつかないことになるかもしれないのでどうかお気をつけください。